2件のコメント

  1. 佐藤裕子

    人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め、真理から耳を背け、作り話にそれて行くような時代になるからです。

    親の小言は耳に入ってこない。うるさい、ウザいと反抗する。でも、時が経って自分が大人になった時に、理由がわかる。あの時、口うるさく言ってくれたことに感謝すらする。耳に心地良い言葉がすべてではない。相手の言葉に愛があるのか?を見極めたい。
    愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。
    親のあなたからの言葉として御言葉を受け取ります。その時はよく分からなくても、耳に雑音として入ってきたとしても、謙虚に受け止めます。いつか、愛を確認するために。愛のシャワーを浴びている幸せをありがとうございます。愛するイエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン。

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