4件のコメント

  1. 佐藤裕子

    すなわち見ることも聞くことも歩くこともできないものを、拝み続けた。

    偶像崇拝はたぶん心の中にある恐れや不安が作り出したもの。自分の中にあるモヤってした無いようで確実にあり、自分を支配するもの。それを手放せずにずっと持っているものを表現したのが偶像崇拝なのかもしれない。世の中、恐れや不安に満ちているから。それに打ち勝つには信仰が大切だと思う。
    愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。
    どっちを向いても不安と恐怖しかないこの世の中で、あなたの方を向くことをありがとうございます。あなたが居てくれるという真実が私の救いです。感謝して愛するイエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン。

  2. 小間物谷直子

    これらの災害によって殺されなかった、人間の残りの者たちは、悔い改めて自分たちの手で造った物から離れるということをせず、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた偶像、すなわち見ることも聞くことも歩くこともできないものを、拝み続けた。

    今日 某教会で家族で洗礼を受けた方とお会いします。
    元々は密教を学んでた方らしく
    レビアタンの悪霊がついてるらしく
    結局何かあるごとに
    イエス様ではなく 密教に頼ってしまうらしいです。
    聖霊の大切さを
    このことから 教えられました。

    今日は聞きせんに徹しようと思います。
    愛を持って。
    愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。気づきをありがとうございます。
    毎日 色々なことがおこりますが
    貴方がいつも 守ってくださること
    感謝です。
    家族をお守りください。
    今日 お会いする方との時間が
    いずれ益となりますように
    私と関わるすべての方々に
    神の祝福がとどきますように
    イエス様のお名前によって
    感謝してお祈りさせて頂きます。
    アーメン

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