3件のコメント

  1. 小間物谷直子

    二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待ち望んでいる人々の救いのために現れてくださいます。
    何回読んでも ここの箇所です。
    日本のキリスト教は、聖書学になってるんでしょうね。一つの学問。
    今日もそう言うお話しを聞きました。
    中川健一先生の聖書学神学講座を受けられた話し。それで 満足されてるクリスチャンの方

    そらゃー クリスチャン人口ふえないわ。と
    思いました。
    この事を神様は、見せてくださったのかも
    です。
    自分がやるべきことは、シェアリングチャーチと 言う出会いに感謝し デボーションを通して、より聖書にちかずき
    自分が整えられ、どんな形で 出会った人にでも イエス様がつたえられるように
    神様の働き手となることだと。

    愛する天のお父様 主よ 貴方を褒めたたえます。
    まだまだ 未熟な私ですが、聖霊の働きにより
    沢山の方々にどんな形にも とらわれずに
    イエス様の事をお伝えできますように
    そして、デボーションをとおして
    自分が整えられ イエス様の良き働き手と
    変えてください。
    尊いイエス様のお名前によって
    感謝して お祈りさせて頂きます。
    アーメン。

  2. 佐藤裕子

    私たちは死を恐れるのです。そして死を恐れることを通してサタンが私たちを誘惑していくのです。

    私には恐れが多いんだとあらためて思いました。恐れるあまり感情を消してしまう事を覚えてしまった!! よほどの事があったのか?さほどの事を大袈裟に捉えてしまったのか? 私にとっての死は何なのか?とも思いました。
    死んでしまいたいと思ったり。でも、死んでないって事は死ぬ恐怖があるからなのか?それとも、死ぬほどの恐怖がこの世にあるって事なのか?どれにしたってイエス様が代わりに罪を背負ってくれたのだから怖がらなくて良いわけですね!
    でも、怖いものは怖い。
    こんな怖がりの私でも神さまは愛してくれるんだと思って感謝します!!

    • 死は罪の報酬です。そして死を恐れさせることで、私たちを神様から引き離そうとサタンは企んでいます。
      死は怖いです。しかし、神様は愛してくださり、死の先にあるいのちを見させてくださいました。
      イエス様は代わりに死んでくださっただけでなく、よみがえってくださいました。
      ここに希望がありますし、天に昇られ、神の右の座についておられますが、私たちに聖霊を与えてくださり、どのように生きるかを教え、導いてくださいます。
      死は怖いものですが、それ以上の神様の愛が私を満たしてくださるのです。
      神様に目を向け歩んでいきましょう。
      祈っています。

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