4件のコメント

  1. 小間物谷直子

    この人たちを使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。

    あーでもないこーでもないと 今の世の中は、ステバノの時代と同じことがおこってます。事柄は違いますが、同じことなのです。
    この世と調子を合わせては、いけないと
    神様は、いわれました。
    祈り 神様のチカラによって前進していきます。
    愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。 祝福 御言葉をありがとうございます。この世に調子をあわせるのではなく
    貴方の声を聞き、いつも喜び前進できる物として守ってください。そして
    どんなときも貴方が必要とする人を
    私に与えてください。そして導いてください。イエス様のお名前によって感謝して
    お祈りさせて頂きます。アーメン。

  2. 佐藤裕子

    祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。

    今日の礼拝のメッセージに、信仰による行動。とありました。
    「棚ボタを願うのは大いにけっこうだけど、棚までは歩いてね」と本で読んだ言葉を思い出しました。棚ボタを願うのが祈りで、棚まで歩いて行くのが信仰だと思いました。棚の下まで行けば、ぼた餅が落ちてくる手はずです。神様が落としてくれるぼた餅はさぞや大きくて美味しいでしょう!!
    それを貰える事は確かなのに躊躇したり恐れたりするのは残念です。喜んで取りに行くことが信仰だと思いました。そこに私の役割を現してくださっていると思います。
    愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。私の罪の救い主と信じます。あなたが用意してくださっているモノを喜んで受け取ることが出来るように、行動出来る私にしてください。そして、あなたと共に喜べるように。あなたに栄光を帰すことが出来るように。私を導いてください。感謝してイエス様のお名前でお祈りします。アーメン。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA