信仰生活
Scripture
ローマ人への手紙 7章18~21節(2017新改訳)
私は、自分のうちに、すなわち、自分の肉のうちに善が住んでいないことを知っています。私には良いことをしたいという願いがいつもあるのに、実行できないからです。私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています。私が自分でしたくないことをしているなら、それを行っているのは、もはや私ではなく、私のうちに住んでいる罪です。そういうわけで、善を行いたいと願っている、その私に悪が存在するという原理を、私は見出します。
Observation
キリスト教は難しいとか、束縛されるようで嫌だと言われます。しかし、聖書は私たちに明確な基準を示します。それが律法です。律法の目的は私たちが幸せで長生きするためにあります。同時に、律法を守らないときに罪が明確になるのです。いえ、律法があるから罪が明確になるのです。それは私たちの良心にも刻み込まれていて、いいこと悪いことを私たちは知っているのです。
律法があるから罪が分かる、罪が分かるから神様の壮大な救済の歴史とイエスキリストによる罪の赦しのための贖いの死が明確になるのです。
私たちは罪から逃れる方法はないのです。ただ唯一、イエスキリストを信じる信仰によって義とされるのです。そして義とされているにも関わらず、私の中に罪が存在していて、それは神様の御心ではないと思うことを行ってしまうのです。私の内側には正しいことを行おうとする自分と罪を犯そうとする自分がいるのです。ここをしっかりと受け止めることが、信仰生活を豊かに送る秘訣なのです。自分の現状を受け止めるからこそ、神様の力を借りることができるからです。
Application
自分の中にある罪と神様に従おうとする自分がいます。神様は色々な人たちを通して、また聖霊の導きによって神様に従えるようにしてくださっています。
その時に自分の中にある罪の状態を受け止めることがないと、神様の声には聞き従えません。
だからこそ、毎日のデボーションを通して、心を耕す必要があるのです。罪に対して素直に悔い改めることの出来るようにすることです。
いつでも神様を見上げて歩むことが出来るように、聖霊の助けを求めつつ歩んで行きます。
Prayer
天の父なる神様、あなたのお名前を賛美します。
今日も御言葉をありがとうございます。律法がなければ自分の罪に気づきません。またあなたの存在がなければ、自分の生きている意味が分かりません。あなたを知れたこと、あなたと共に歩むことが出来る恵みに感謝したします。
どうぞ、いつも心を豊かにしてあなたに従って行くことができるように助けて下さい。
あなたの愛に感謝して、私たちの救い主イエスキリストの御名でお祈りします。
アーメン!
小間物谷直子
自分の中にも for meがあるにも関わらず
相手に貴方は for meだと言ってしまった自分がいました。
デボーションは大事ですね。
いつも 心を豊かにしてくださる
イエス様を見上げて 感謝して
お祈りさせて頂きます。 アーメン。
honmoku
そういうときもあります。だからこそ、デボーションで自分を整えていきましょう。
祈っています。