主暦2026年7月28日(火)5786年 Av 14
聖書箇所
Scripture:
イザヤ書 53章10~12節(2017新改訳聖書)
しかし、彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいのちを代償のささげ物とするなら、末長く子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を負う。
それゆえ、わたしは多くの人を彼に分け与え、彼は強者たちを戦勝品として分かち取る。彼が自分のいのちを死に明け渡し、背いた者たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする。」
Observation:
この箇所は、イエス・キリストの十字架を預言している箇所の一つです。イザヤはキリストが来られる約700年前に、救い主がどのように苦しみ、どのような目的で死なれるのかを詳細に語っています。
まず、「彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった」とあります。この言葉は、イエスの十字架が偶然の出来事でも、人々の悪意だけによるものでもなく、父なる神の救いのご計画であったことを示しています。神は私たちを救うために、御子を代償のささげ物としてお与えになったのです。
また、「彼は多くの人を義とし、彼らの咎を負う」とあるように、イエスはご自身には何の罪もないにもかかわらず、私たちの罪を背負われたのです。その結果、キリストを信じる者は神の前に義と認められるのです。この義は人間の努力や功績によるものではなく、キリストが罪を負われたことによる恵みです。
さらに、「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する」と語られています。イエスは十字架の苦しみを経験されたが、その苦しみが多くの人々の救いという実を結ぶことを見て満足されるということです。十字架は敗北ではなく、救いの完成という勝利なのです。
そして最後に、「彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする」と結ばれています。イエスは十字架の上でも「父よ、彼らをお赦しください」と祈られたように、今も大祭司として私たちのためにとりなし続けてくださっているのです。この箇所は、キリストの犠牲、義認、とりなし、そして勝利を一つにまとめた、福音の核心を語る預言なのです。
Application:
イエス様の預言がここに記されているのです。その生涯がどのようなものであるかを知ることができます。だからこそ、この福音の確かさを多くの人たちに伝えていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、あなたの尊い御名を賛美します。今日もあなたの御言葉を通して、あなたの約束がなされたことを覚えて感謝します。私の罪を取り除いてくださり義としてくださったことに感謝いたします。あなたのことを多くの人たちに伝えていくことができるように導いてください。ミカエルの預言がなりますように祝福をお与えください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
