主暦2026年5月13日(水)5786年 lyar 26
聖書箇所
Scripture:
サムエル記 第二 24章16~17節(2017新改訳聖書)
御使いは、エルサレムを滅ぼそうと手を伸ばした。主はわざわいを下すことを思い直し、民を滅ぼす御使いに言われた。「もう十分だ。手を引け。」主の使いは、エブス人アラウナの打ち場の傍らにいた。
ダビデは、民を打っている御使いを見たとき、主に言った。「ご覧ください。この私に罪があるのです。私が悪いことをしたのです。この羊の群れがいったい何をしたでしょうか。どうか、あなたの御手が、私と私の父の家に下りますように。」
Observation:
今日は、ダビデが人口調査を行ったことによって、罪を犯し、イスラエルに災いが下った話です。民が苦しみ、御使いがエルサレムへ手を伸ばしたとき、ダビデはその光景を見て、主の前に立ち、自分の罪を認めていることです。彼は、「民が悪い」とは言わず、「この私に罪がある」と告白しているのです。
本来、権力を持つ者ほど、自分を守るために責任転嫁しやすいのではないでしょうか。しかしダビデは、自分の判断が民に影響を与えたことを認め、「どうか私に下してください」と祈るのです。ここに、上に立つリーダーの姿勢があるのです。
神は、「もう十分だ」と語り、わざわいを止められるのです。神様は正しい方であり、同時に憐れみ深い方なのです。
リーダーとは成功を誇る人ではなく、問題が起きたときに責任を負い、人を守ることが重要であることを教えているのです。
Application:
民のリーダーとしての責任がそこにあります。自分の発言などで、大きく変わってしまうことがあります。それに振り回される部下の姿を考えると、自分の言動をしっかりと捉えていく必要があります。
今日もあなたの愛に応えつつ、リーダーとしての言動、責任を持って対応していきます。
祈りましょう(Prayer):
アバ父よ。今日も御前に祈れることを感謝します。あなたの尊い御名を賛美します。あなたと共に歩み続けることができるように助けてください。リーダーとしての責任について教えられました。何も責任がなく、語ることはリーダーとしての歩みではないことを覚えます。どうぞ、責任のある歩みができるようにしてください。どうしても体裁を整えることが多いですが、しっかりと皆さんをリードすることができるように導いてください。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!

ご覧ください。この私に罪があるのです。私が悪いことをしたのです。この羊の群れがいったい何をしたでしょうか。どうか、あなたの御手が、私と私の父の家に下りますように。
リーダーとしての責任を果たせる人でないと 私は決して ついていけないし
自分もリーダーとして1番大事なのは
責任だと感じています。
リーダーでなくても 責任を取れない人とは 関わりたくないですが。
愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。気づきをありがとうございます。
責任について 教えられました。
責任を果たせる人として成長できますように。倫世家族をお守りください。
桜に言葉をありがとうございます。
今 動きだしているビジネスや
集まりにおいても、聖霊が働いてくださっている事感謝です。
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。
歴代誌上4:10(新改訳
イエス様のお名前によって 感謝してお祈りさせて頂きます。アーメン