主暦2026年5月5日(火)5786年 lyar 18
聖書箇所
Scripture:
サムエル記 第二 10章2~5節(2017新改訳聖書)
ダビデは、「ナハシュの子ハヌンに真実を尽くそう。彼の父が私に真実を尽くしてくれたように」と言った。そして家来たちを通して彼の父の悔やみを言うために、ダビデは彼らを遣わした。ダビデの家来たちがアンモン人の地に着いたとき、
アンモン人の首長たちは、主君ハヌンに言った。「ダビデがあなたのもとにお悔やみの使者を遣わしたからといって、彼が父君を敬っているとお考えですか。この町を調べ、探り、くつがえすために、ダビデはあなたのところに家来を遣わしたのではないでしょうか。」
そこでハヌンはダビデの家来たちを捕らえ、ひげを半分剃り落とし、衣を半分に切って尻のあたりまでにして送り返した。
ダビデにこのことが告げられたので、ダビデは彼らを迎えに人を遣わした。この人たちが非常に恥じていたからである。王は言った。「ひげが伸びるまでエリコにとどまり、それから帰って来なさい。」
Observation:
ダビデは、かつて自分に真実を尽くしてくれたナハシュの死を悼み、その子ハヌンに対しても真実を尽くそうとしました。これは純粋な善意と誠実さから出た行動でした。
しかし、その善意はアンモン人の首長たちによって歪めて解釈されました。「偵察のためではないか」と疑われ、結果としてダビデの使者たちは侮辱され、ひげを剃られ、衣を切られるという大きな恥を受けることになるのです。
つくづくどのような仲間を持っているかが大事ですよね。
ここには人間の現実がある。どれほど誠実な行動であっても、必ずしも正しく理解されるとは限らない。むしろ、恐れや疑いの中にいる人は、善意すら悪意として受け取ってしまうことがあるのです。
そのような状況の中でダビデが取った行動は、怒りや報復ではなく、「恥じている家来たちを守ること」でした。彼は彼らをエリコにとどまらせ、回復の時間を与えたのです。つまり彼は、外に対して反応する前に、内側の人を大切にしたのです。
この箇所は、善意が誤解されることがあっても、それによって自分の誠実さを手放してはいけないこと、そしてリーダーとは傷ついた人を守る者なのです。
Application:
誠実な行動が誤解を招く、悪い仲間たちがそそのかしてします。今流行りのショートドラマのようだ。そこから教えられるのは、ダビデのリーダーとしてのあり方であり、仲間を守ることから始まり、最終的には相手を滅ぼしていくのです。
私たちは誰からのアドバイスをもらうのか、主からのアドバイスを持って歩む必要があることを覚えるのです。今日も神様からのアドバイスをもらって歩んでいきます。そのためにも、絶えず祈りつつ歩む必要があるのです。
祈りましょう(Prayer):
アバ父よ、御名を賛美します。今日も自分自身の誠実さを保つことの大切さをおしれられました。どうぞ神様の愛と恵みに生きることを喜びとして、あなたからの知恵をいただきながら歩み続けることができるように助けてください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
