主暦2026年4月25日(土)5786年 lyar 8
聖書箇所
Scripture:
サムエル記 第一 30章22~25節2017新改訳聖書)
ダビデと一緒に行った者たちのうち、意地の悪い、よこしまな者たちがみな、口々に言った。「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれが取り戻した分捕り物は、分けてやるわけにはいかない。ただ、それぞれ自分の妻と子どもを連れて行くがよい。」
ダビデは言った。「兄弟たちよ。主が私たちに下さった物を、そのようにしてはならない。主が私たちを守り、私たちを襲った略奪隊を私たちの手に渡されたのだ。
だれが、このことについて、あなたがたの言うことを聞くだろうか。戦いに下って行った者への分け前も、荷物のそばにとどまっていた者への分け前も同じだ。ともに同じく分け合わなければならない。」
その日以来、ダビデはこれをイスラエルの掟とし、定めとした。今日もそうである。
Observation:
戦いに勝利した後、分捕り物をどう分けるかという場面で、仲間の中に対立が生まれました。実際に戦った者たちは、「戦わなかった者には分ける必要はない」と主張しました。これは人間的に見れば当たり前であり、合理的な成果主義の考え方です。
しかしダビデはその考えを退けました。彼はまず、「この勝利は主が与えてくださったものだ」と語るのです。つまり、成果は自分たちの努力の結果ではなく、神の恵みによるものだという信仰に立っているのです。
そのうえで彼は、「戦った者も、残った者も同じように分け合うべきだ」と宣言したのです。ここには、役割の違いはあっても、価値の違いはないことを教えているのです。全員が一つのチームとして守られ、支えられていたという理解があるのです。
さらにダビデは、この原則を一時的な判断ではなく、「掟(ルール)」として定めたのです。つまりこれは、彼のリーダーシップの本質であり、組織の文化としたのです。
この箇所は、真のリーダーシップとは、成果を独占することではなく、恵みを分かち合い、全体を生かすことであることを教えているのです。
Application:
お金に執着することで、この恵みの分かち合いが疎かになるのです。いつも私の心にある葛藤のように教えられました。感謝して分かち合うこと、このことを実践していきます。
祈りましょう(Prayer):
アバ父よ、あなたの尊い御名を賛美します。今日もダビデを通して、自分の心を見ることです。合理的で成果主義の自分を隠そうとして、穏やかそうなふりをしています。そうではなく、全てが神様の恵みであることを覚えて歩み続けることができるように助けてください。今日もあなたと共に歩み続けることができるように助けてください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!

合理主義の自覚がある私ですが、自覚があるからこそ主に祈ってから行動に移すことができるようになりました。
ハレルヤ。