主暦2026年2月25日(水)5786年 Adar 8
聖書箇所
Scripture:
民数記 17章8~11節(2017新改訳聖書)
その翌日、モーセはあかしの天幕に入って行った。すると見よ。レビの家のためのアロンの杖が芽を出し、つぼみをつけ、花を咲かせて、アーモンドの実を結んでいた。
モーセがそれらの杖をみな、主の前からすべてのイスラエルの子らのところに持って来たので、彼らは見て、それぞれ自分の杖を取った。
主はモーセに言われた。「アロンの杖をあかしの箱の前に戻して、逆らう者たちへの戒めのために、しるしとせよ。彼らの不平をわたしから全くなくせ。彼らが死ぬことのないようにするためである。」
モーセはそのようにした。主が命じられたとおりにしたのである。
Observation:
この前の箇所では、反逆の結果として地が割れ、厳しい裁きが下されました。しかしここでは、枯れた杖が芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶという、驚くべきいのちのしるしが示されるのです。杖とは、すでに切り取られた木であり、花が咲くことはありません。その杖が一夜にして実を結ぶという出来事は、神様が選び証明されたのです。
アロンの杖が実を結んだのは、アロンの能力ではありません。神の選びがいのちを生み出したのです。ここで重要なのは、このしるしが「彼らが死ぬことのないようにするため」であったという神の言葉です。神は反逆を戒めながらも、最終目的は滅びではなく、不平をやめさせ、いのちを守ることでした。
アーモンドは、ヘブライ語で「目覚める」という言葉と語源を共にしています。神様が民を目覚めさせるということでもあるのです。荒野の混乱の中で、神は沈黙しているのではなく、確かに働き、いのちをもってご自身の秩序を回復されようとしているのです。
Application:
昨日も書きましたが、教会の中では不平不満をいう人たちがいます。その多くが神様との関係が取れない人たちです。自分の目の前に起こったことに対して行動するのです。
神様のことや教会のことを考えているのではなく、ただ自分のことを考えているのです。神様はいつもどこでも神様に立ち返るように導かれます。しかし、私たちはそれができないのです。いつも神様に建てられているリーダーに対して不平を言うのです。もちろん、リーダーが間違っている時もあるので、そこはしっかりと知る必要があるのです。私も不平不満を言うのではなく、神様の救いの確かさを見つめて感謝して歩んでいきます。その神様の確かさを多くの人たちに語っていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが杖にさえいのちを芽生えさせる方であることを感謝します。
あなたが働かれていることをいつも覚えて歩むことができるように助けてください。不平や疑いをやめ、あなたが立てられた秩序を尊び、
あなたのいのちが実を結ぶことを待ち望む者としてください。
我が子よ。あなたに与えている夢を叶えるために、わたしの思いを語りなさい。わたしはあなたと共にいて、あなたを祝福する。恐れることなく、語りなさい。すでに与えているビジョンに向かって語り続けなさい。わたしはあなたの恐れを知っている。恐れることなく、感謝と喜びを持って前進しなさい。わたしはあなたに約束したことを達成する。語り続けなさい。
今日のSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
