主暦2026年2月8日(日)5786年 Shevant 21
聖書箇所
Scripture:
レビ記 9章22~24節(2017新改訳聖書)
こうして、アロンは民に向かって両手を上げ、彼らを祝福し、罪のきよめのささげ物、全焼のささげ物、交わりのいけにえを献げ終えて壇から降りて来た。
モーセとアロンは会見の天幕に入り、そこから出て来て民を祝福した。すると主の栄光が民全体に現れ、
火が主の前から出て来て、祭壇の上の全焼のささげ物と脂肪を焼き尽くした。民はみな、これを見て喜び叫び、ひれ伏した。
Observation:
今日の箇所は、レビ記において大きな意味を持っています。罪のきよめ、全焼、交わりという一連のささげ物が、形式としてではなく、神との関係回復が行われたからです。アロンは、すべてのささげ物を献げ終えた後、両手を上げて民を祝福しました。これは、祭司の働きが「祝福を取り次ぐこと」であることを示しています。
さらに重要なのは、モーセとアロンが共に会見の天幕に入り、そこから出て来て民を祝福した直後に、主の栄光が現れた点です。人が「うまくやったから」火が下ったのではなく、神ご自身が、献げられたささげ物を受け入れ、赦しと交わりが成立したことを火で焼き尽くすことで表されたのです。
主の前から出た火は、恐れの裁きではなく、愛のしるしなのです。民は喜び叫んだのです。ここに神様の恵みに触れている民の姿があるのです。レビ記が伝えているのは、「正しく献げれば神が応えてくださる」という技術ではなく、主の臨在によって、人との和解を完成させてくださる子という真理を私たちが知ることなのです。
Application:
いつも主の臨在があるところに、罪の赦しがあります。イエスキリストを信じる信仰によって罪赦され、口で告白して救われるのです。そこに主の臨在があるのです。形骸化されたものではなく、絶えず神様の臨在があることを覚えて神様をほめたたえて歩んでいきます。
今日の祈りの時も祝福してください。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが、赦しと交わりをご自身の臨在によって確かなものとしてくださることを感謝します。
私は、ときに自分が本当に受け入れられているのか不安になります。
しかし、あなたは沈黙ではなく、祝福と臨在をもって応えてくださる方です。今日、あなたの前にひれ伏し、恐れではなく喜びをもって
あなたを礼拝します。あなたの恵みを信じ、受け取ります。
愛する子よ。わたしの愛する子よ。わたしの恵みに生きる者よ。あなたの罪の大きさが恵みの大きさを知る。わたしの愛と恵みに生きよ。わたしはあなたに負わせる重荷は軽い。わたしの言葉に従いなさい。わたしはあなたと共にいる。恐れることなく、前に向かって現状を打破しなさい。わたしはあなたを祝福し共にいる。今日もあなたと共にいる。この恵みの素晴らしさを味わい、多くの人たちに伝えなさい。
今日の礼拝をも祝福してください。Sharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
