主暦2026年1月20日(火)5786年 Shevant 2
聖書箇所
Scripture:
創世記 50章19~21節(2017新改訳聖書)
ヨセフは言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。
あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。
ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう。」このように、ヨセフは彼らを安心させ、優しく語りかけた。
Observation:
今日は「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。」という言葉を中心に、この箇所を選びました。ヨセフの信仰の総決算とも言える告白です。父ヤコブの死後、兄弟たちは復讐されるのではないかという不安が彼らを包みました。しかしヨセフは、権力を持つ者としてではなく、神の前に立つ一人の信仰者として語り始めたのです。「どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか」という言葉には、裁く権利を自分の手から完全に手放した姿なのです。ヨセフは、兄弟たちの行為を正当化してはいません。「あなたがたは私に悪を謀りました」と、悪を悪としてはっきり認めているのです。しかし同時に、「神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました」という言葉によって、過去の出来事を神の働きであることを告白する信仰の証しとなったのです。
さらにヨセフは、言葉だけでなく行動によって赦しを行います。「あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう」という宣言は、未来に向かって責任を引き受ける決断です。そして「優しく語りかけた」という結びの一文が、この赦しが支配ではなく、愛であったことを静かに示しています。神に委ねた結果としての赦しの完成なのです。私たちもどのような状況にあっても、神の主権を認めて歩んでいきましょう。
Application:
私は神のかわりはできません。だからこそ、神の主権のもとに歩むことが大切です。すべてに神様の采配があることを知り、今この時を歩んでいきます。そして夢を解き放つ愛のリーダーを育成していきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたがすべてを治め、人の悪さえも越えて、いのちを生かす計画を成し遂げられる方であることを感謝します。
私は、傷ついた経験を理由に、心のどこかで裁く立場に立とうとしてしまいます。どうか、「私が神の代わりになることはできない」というヨセフの謙遜を、私の心にも刻んでください。
過去をあなたの御手に委ね、恐れではなく、安心を与える言葉と行動を選ぶことができますように。私も多くの人が生かされるために愛のリーダーを育てることができますように導いてください。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
