主暦2026年1月17日(土)5786年Tevent 29
聖書箇所
Scripture:
創世記 45章5~9節(2017新改訳聖書)
私をここに売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださいました。
というのは、この二年の間、国中に飢饉が起きていますが、まだあと五年は、耕すことも刈り入れることもないからです。
神が私をあなたがたより先にお遣わしになったのは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによって、あなたがたを生き延びさせるためだったのです。
ですから、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、神なのです。神は私を、ファラオには父とし、その全家には主人とし、またエジプト全土の統治者とされました。
どうか、急いで父上のところに上って行き、言ってください。『息子のヨセフがこう言いました。「神は私をエジプト全土の主とされました。ためらうことなく私のところに下って来てください。
Observation:
この箇所でヨセフは、自分の正体を明かし、兄弟たちの過去の罪を真正面から受け止めながらも、その出来事を「神の働き」として語り直しています。注目すべき点は、ヨセフがまず兄弟たちの罪を責めるのではなく、「自分を責めないでください」と語りかけている点です。これは、赦しが単なる感情の処理ではなく、相手の心をも解放することを行なっていることです。
ヨセフは、兄弟たちの行為を否定していません。しかし同時に、それ以上に大きな視点は「神が先に遣わされた」と話していることです。かつての裏切り、孤独、牢獄、忘れ去られた年月が、すべて「いのちを救うための先行き」として再定義されているのです。ヨセフの信仰は、「なぜこんなことが起きたのか」という問いを、「神はこれを通して何をなさったのか」という告白へと変えているのです。
特に印象的なのは、「あなたがたではなく、神なのです」という宣言です。厳しい中を生きてきたヨセフの信仰告白です。ヨセフは、兄弟たちを裁く立場にいながら、その権利を手放し、神の主権のもとに赦しているのです。この赦しに変わる瞬間は、神が共におられるから起こることなのです。
Application:
今までのことを神の計画として捉え直していくことで、自分の信仰を強めることになります。もっと神様の主権に従って歩んでいくことができるように、聖霊の助けの中で歩んでいきます。そして愛のリーダーを育成していきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが私の人生の出来事を、決して無意味なものとして終わらせない方であることを感謝します。
私は、傷ついた記憶や、許しがたい出来事を、自分の中で裁き続けてしまいます。どうか、それらをあなたの御手に委ね、
「あなたではなく、神なのです」と告白できる信仰を与えてください。私の人生が、誰かを責めるのではなく、永遠のいのちへと導くものとして導いてください。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
