今日の聖書箇所
Scripture:
テサロニケ人への手紙 第一 4章7~8節(2017新改訳聖書)
神が私たちを召されたのは、汚れたことを行わせるためではなく、聖さにあずからせるためです。
ですから、この警告を拒む者は、人を拒むのではなく、あなたがたにご自分の聖霊を与えてくださる神を拒むのです。
Observation:
神と人との関係を絶えずパウロは語るのです。神に召されたのは聖さに預かるためであって、汚れたことを行うためではないのです。
この汚れたことに対して、警告を拒む者は人を拒むのではなく、聖霊を与えてくださった神を拒むのです。
ここでは人ではなく、神を拒むと言われているのです。ですから、他のタイプで人は人、神は神とする考え方の人を理解できないのです。
しかしながら、実際には人ではなく神を拒んでいるという意識が必要であり、神が全てのことを導いておられるからです。
Application:
私もこのことについては問題がないのですが、何気にそこまで言わなくてもという感覚になるのです。自分が言うときはもっと激しいとは思いますが・・・罪を犯している時の警告は、神様からのものであることを覚えて歩んでいきます。
祈りましょう(Prayer):
天のお父様、あなたの尊い御名を賛美します。
今日の御言葉もありがとうございます。あなたの愛と恵みに生かされていることを感謝します。今日もあなたの愛に生きることができるように、信仰に硬くたち、聖さに向かって進むことができるように導いてください。また汚れた方に進む時にはあなたの愛の中であなたに立ち返ることができるように導いてください。今日もシェアリングチャーチ、カフルイユニオンチャーチ、Tree Home church&水のほとりキリスト教会に属している一人ひとりとMTCの歩みを祝福してくださることを感謝します。病んでいる一人ひとりを癒してください。日本と世界の政治を祝福してください。終末の時代の中、あなたの愛が輝き、多くの人たちがあなたを信じることができるように助けてください。
今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。
アーメン!
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ゆめのたね放送局 グリーンチャンネル
月曜日16時から16時30分
毎週月曜日午後4時からゆめのたね放送局グリーンチャンネルをお聞きください。
2024年2月5日(月) 16:00〜 放送分
「絶対と相対」について
佐藤裕子
神が私たちを召されたのは、汚れたことを行わせるためではなく、聖さにあずからせるためです。
ですから、この警告を拒む者は、人を拒むのではなく、あなたがたにご自分の聖霊を与えてくださる神を拒むのです。
一見するとこの世界は人を見がちで、人がいて自分がいて…的な世界観に陥りがち。
でも、本当は神さまが作った世界に配置的に置かれた存在だし出来事だし…。そー捉えるとすべての事を神さまに捉えることができる。私が傷ついたとか私がやったとか…私が!私が!と言って我を持ち出すことは神さまの世界観から見たらつまらないことだ。神さまから言わせたら『イヤ!全部私がしてるからね!』って感じかもしれない。
愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。
あなたのプランは見事です。ひれ伏します。あなたが側で一緒にいることをひしひしと感じる今をありがとうございます。
感謝してイエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン。
honmoku
神様と共に歩んでいきましょう。
祈っています。