信仰生活
Scripture
マタイの福音書 7章1~2節(新改訳2017)
さばいてはいけません。自分がさばかれないためです。
あなたがたは、自分がさばく、そのさばきでさばかれ、自分が量るその秤で量り与えられるのです。
マタイの福音書 7章12節(新改訳2017)
ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です。
Observation
利き脳の義タイプはセロトニンの働きをしています。つまり、異常なノルアドレナリンやドーパミンを抑える役割があります。
なのでいつも批判的な見解が多いのです。これって役割ですが、マタイが義タイプとして御言葉を受け取っているとしたら、いつも裁きをする義として考えると、自分もそれで裁かれることを意識する必要があるのです。内省力も義タイプは強いですから、ここで自分のことを正しく捉える時、用いられていくことでしょう。そしてそのためには、黄金律が必要になるのです。
「マタイの福音書 7章12節(新改訳2017)
ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です。」
ここで自分が量るその枡で量られることと繋がってくるのです。
黄金律は「人にしていくこと」が重要です。人の存在を認めることが第一です。「人からしてもらいたいこと」という自分に焦点を合わせやすいですが、ここでの本質は相手の存在を認めることです。
義タイプの愛は、存在愛。命の尊厳に関わることを守ろうとすることです。それも人の命を気にします。それを犯す人たちを許すことができなくなります。私たちの尊厳とは、永遠の命を得ることが究極の事柄になります。
だからこそ、私たちは自分にしてもらいたいこと=永遠の命を多くの人たちにお伝えしていくのです。
裁くのではなく、愛していくことがいま必要なのです。
Application
マタイが義として書いていると思えた瞬間から、スムーズに読めるようになりました。面白いですね。相手を認めること、神様の愛をしっかりと伝えていくことが必要であることを覚えて、裁くことよりも愛することを選んでいきます。
Prayer
天の父なる神様、あなたのお名前を賛美します。
我が子よ。あなたに与えている計画を進めなさい。わたしが示していることを実行しなさい。より多くの人たちを確保しなさい。ただ愛を語り続けなさい。わたしがあなたを祝福するからだ。恐れるな、わたしが共にいる。今日あなたは私の言葉を語りなさい。それがあなたの役目だ。人の目を恐れるな、語り続けなさい。そこにわたしの霊を注ぐ、語り続けなさい。
今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様の御名で祈ります。アーメン!
佐藤裕子
あなたがたは、自分がさばく、そのさばきでさばかれ、自分が量るその秤で量り与えられるのです。
と言うことは、裁くことをしないで認め受け入れることで自分も認められ受け入れられると言うことです。人から認められたい!!と思うのが義タイプ。だったら先ずは相手を認め受け入れること。わかっているけど中々出来ない😣義タイプだから?
感謝することも中々難しいです。義タイプだからとひらき直るのではなく、受け入れることをします。愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。私の罪の救い主と信じます。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事に感謝しなさい。このように生きることを助け導いてください。あなたの愛に感謝してイエス様のお名前でお祈りします。アーメン。
honmoku
相手を認めていきましょう。
祈っています。
小間物谷直子
あなたがたは、自分がさばく、そのさばきでさばかれ、自分が量るその秤で量り与えられるのです。
そんな秤で与えて欲しくないです。
だったら 人をさばかないこと
了解です。
裁くって どう言うこと。
良いか悪いか?自分の中で判断する。
裁くのは、神様であって
神様にまかしてしまおう。
そうすると 気が楽になり ちがうところに エネルギーがつかえます。
人と自分は、違う。脳の使い方もちがう。
だからこそ 真剣に脳の使い方
感じ方 しっかり学びたいですね。
愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。今日の聖句のところが 昨日起こったすべてのことを 象徴するような
ことばかりでした。
私を試すように。自分とは違うんだと
思っていても どうして?と項垂れる日でした。これが、弟子訓練。
急遽の弟子訓練感謝です。
ひとつひとつ階段を登っていきます。
どうか 見守り 導いてください。
イエス様のお名前によってお祈りさせていただきます。アーメン。
honmoku
神様に裁きはお任せしましょう。
祈っています。