主暦2026年2月23日(月)5786年 Adar 6
聖書箇所
Scripture:
民数記 13章30~33節(2017新改訳聖書)
そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも上って行って、そこを占領しましょう。必ず打ち勝つことができます。」
しかし、彼と一緒に上って行った者たちは言った。「あの民のところには攻め上れない。あの民は私たちより強い。」
彼らは偵察して来た地について、イスラエルの子らに悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って偵察した地は、そこに住む者を食い尽くす地で、そこで見た民はみな、背の高い者たちだ。
私たちは、そこでネフィリムを、ネフィリムの末裔アナク人を見た。私たちの目には自分たちがバッタのように見えたし、彼らの目にもそう見えただろう。」
Observation:
今日は同じ地を見ながら、まったく異なる結論に至る二つの視点が描かれています。カレブは「必ず打ち勝つことができる」と宣言しました。一方で、他の偵察者たちは「あの民は強い」と断言するのです。どちらも同じ現実を見ています。違いは、「どの視点で現実を解釈するか」にあるのです。
特に「私たちの目には自分たちがバッタのように見えた」という言葉です。敵の強さ以上に、自分たちの小ささに囚われているのです。しかも、「彼らの目にもそう見えただろう」と、根拠のない想像まで膨らませているのです。恐れは負のエネルギーとして、人々を巻き込んでいくのです。
反対にカレブの言葉には、自己評価や誇張されたことばはありません。ただ、「上って行こう」と前に進む決断がそこにありました。その背後には、「主が先立っておられる」という確信なのです(民数記10章の祈りと響き合う)。荒野の旅は、神様の約束を信じるのか、恐れに支配されて立ち止まろうとするのか、その違いなのです。私たちは神様の御心を行うために前進していきましょう。
Application:
目の前にある危険が迫った時に、カレブのようにのぼって行こうと言えるだろうか?だからこそ、私たちは神様の約束の確かさをしっかりと握っていきましょう。そのためにも、デボーションを通して神様の約束を受け取っていきます。また、実際に神様のために愛のリーダーと育てていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが約束の神であることを感謝します。
私は「無理だ」と心の中で決めてしまうときがあります。
どうか、恐れに支配されるのではなく、あなたの約束をん見つめることができるように助けてください。
今日、たとえ自分が小さく見えても、あなたがともにおられることを信じて、前に進む勇気を聖霊の満たしの中でお与えてください。
愛する子よ。あなたの戦いは霊的戦いであり、あなたはわたしの言葉を伝える者。カレブのようにわたしが先立っているからこそ、進みなさい。わたしはあなたを祝福する。この会衆がわたしを恐れるように、わたしの言葉を大胆に語りなさい。人を恐れず、わたしを恐れなさい。わたしはあなたと共にいる。わたしを信じない者たちの声に聞き従うな。あなたには力強い、わたしの霊を送る。わたしの霊と共に語りなさい。あなたは祝福された者。わたしの忠実なしもべ、わたしの愛する子だ。恐れずに語り続けなさい。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
