今日のデボーション聖書箇所
信仰生活
Scripture
マタイの福音書9章12節から13節
イエスはこれを聞いて、「健康な人には医者はいりません。医者が必要なのは病人です」とお答えになり、さらにこう続けました。「聖書に、『わたしが喜ぶのは、いけにえやささげ物ではなく、あなたがたがあわれみ深くなることである』(ホセア6・6)とあります。このほんとうの意味を、もう一度学んできなさい。わたしは、自分を正しいと思っている人たちのためにではなく、罪人を神に立ち返らせるために来たのです。」
Observation
今日の旧約聖書では、裁きは神様が行うことであって、私が裁くことではないことが記されていました。マタイの福音書では、イエス様が批判されてた時に答えられた内容です。罪人と共にいることを嫌う人たちに対して、ご自分が来られた目的を明確に語るのです。
「医者が必要なのは病人です」
「憐れみ深くなること」
「自分を正しいとも言っている人たちのためではなく、罪人を神に立ち返らせるために来たのです」とあるのです。
このことから、もう一度旧約聖書のダビデの姿を通して教えられたのが憐れむということでした。
神様の憐れみの中に裁きがあることも記されています。ダビデの代わりに神様がナバルを打ったことも、最終的にはサウロ王もです。
ダビデは憐れみの心を持って許し、危害を加えずにいました。もちろん、神を恐れる者であると言うことはありますが、だからこそ、憐れみの心が強くなるのだなぁと思わされました。神様の姿は私たち罪人の救済であることを覚える時に、神様の憐れみは深いということを教えられました。だからこそ、今が救いの時であることを伝える必要があると思いました。
Application
いろいろな事が起こると、自分で復讐したりしたくなるのですが、そうではなく神様を恐れ、神様に委ねていくことを実践したいと思いました。
また自分自身が罪人の頭である以上、神様の憐れみによって生かされていることを感謝して、出会う人たちに対しても同じように行動していこうと思わされました。
自分の召しである、神様の愛と憐れみ、それを活かすように「愛のリーダー」を育成していきます。
Prayer
天の父なる神様、あなたの御名を賛美します。今日も御言葉をありがとうございます。あなたの愛の中にある憐れみ、そして救済の働きに加えて下さっていることに感謝いたします。多くの人たちの救いのために全力を尽くすことができるように助けて下さい。皆さまの祈りに心から感謝して、私たちの救い主イエスキリストの御名でお祈りします。
アーメン!
小間物谷直子
アーメン。お祈りください。