主暦2026年1月22日(木)5786年 Shevant 4
聖書箇所
Scripture:
出エジプト記 5章21~23節(2017新改訳聖書)
彼らは二人に言った。「主があなたがたを見て、さばかれますように。あなたがたは、ファラオとその家臣たちの目に私たちを嫌わせ、私たちを殺すため、彼らの手に剣を渡してしまったのです。」
それでモーセは主のもとに戻り、そして言った。「主よ、なぜ、あなたはこの民をひどい目にあわせられるのですか。いったい、なぜあなたは私を遣わされたのですか。
私がファラオのところに行って、あなたの御名によって語って以来、彼はこの民を虐げています。それなのに、あなたは、あなたの民を一向に救い出そうとはなさいません。」
Observation:
今日は「神の約束に従ったのに、状況が悪化した」という、信仰者が必ず直面する場面が描かれています。イスラエルの民は、モーセとアロンを救い手として受け取ることができず、かえって苦しみの原因だと非難します。彼らの言葉は激しく、絶望の中から出た叫びであり、救いへの期待が亡くなった用に感じた表現です。
モーセ自身も、その非難を受け止めきれず、主のもとに戻って率直な訴えをします。ここで彼は、信仰深い言葉を並べるのではなく、「なぜですか」「なぜ私を遣わされたのですか」と、理解できない現実を語るのです。これは不信仰ではなく、神との関係があるからこそ生まれる問いなのです。
注目すべきは、モーセが民に反論するのではなく、「主のもとに戻った」ことです。彼は、人の評価や結果に答えを求めず、神ご自身に問うたのです。神様の働きは、しばしば約束と現実の間に大きな緊張を生むが、その緊張の中でこそ、信仰は鍛えられていくのです。この段階では、救いはまだ見えません。しかし、神は沈黙しているのではなく、より大きな御業をすすめようとしているのです。だからこそ、いつでも神様に問うことが必要なのです。
Application:
一昨日も自分ではどうすることもできないことが起こりました。ずっと祈っていることですが、あなたの前にでました。しかし、その答えはまだ聞かれていません。しかし、いつでもあなたの前に自分の罪を告白し、あなたに素直にこたえていきます。どうぞ、いつでもあなたを中心に考えることができますように導いてください。そして、あなたの愛のリーダーを育成していきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたの約束に従ったはずなのに、状況が悪く見えるときがあることを、あなたはご存じです。
私は、そのようなとき、失望や怒りを抱え込んでしまいます。
どうか、モーセのように、問いをあなたのもとに持ち帰る信仰を与えてください。今は答えが見えなくても、あなたの導きを信じます。逆風の中でも、あなたの御手が働いていることを信頼して歩ませてください。
今日のSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
