教会の働き
Scripture
民数記 6章22~27節
ついで主はモーセに告げて仰せられた。
「アロンとその子らに告げて言え。あなたがたはイスラエル人をこのように祝福して言いなさい。
『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。」
Observation
人の心に妬みがあることと、それがどのような事を引き起こすのかが記されていました。また、色々な規則があり、それを守るように言われている中で、ただ規則を守ると言うことではなく、それが祝福につながっていることが記されていました。
Application
神様は私たちに規則を守るように言います。しかし、それに罰や呪いもありますが、むしろ祝福のためにあることが記されています。そして祝福は私たちから伝わっていくのです。私たちが日々、神様からの祝福を人々に流すことが出来ると素晴らしいなぁと思いました。
『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
全能であり、すべてを造られた神様の顔を私に照らし、私に顔を向けてくださるのです。
そしてシェアリング・チャーチとして実行すべきことは神様の祝福を祈り、地に満たしていくことです。そのために神様がしてくださるように、私たちも同時にすべきことがあるのです。
第一は、神様の祝福によって、守ることです。教会は信徒を世界に派遣するために、まず礼拝をささげることが優先されます。なぜなら、神様が私たちを招き、神様が私たちに会ってくださるからこそ、私たちは神を礼拝し、賛美し、祈るのです。その神の臨在と祝福によって守られ、世の中に遣わされて福音を証していくのです。私たちは教会の方々の霊的状態を知り、サタンの攻撃に立ち向かうために、心と身体と魂を神の祝福によって絶えず祈り守るのです。
第二は、神様の御顔が照らされることによって、恵まれることです。ある教会では奉仕していることや、行いが重要視されます。確かに、奉仕は大切なことですが、それによって他者に妬みを起こしたり、裁いたり、自己優越感になることは本末転倒です。私たちは神様の恵みによって救われたこと、すなわち、自分の努力や正しい行いによって救われたのではなく、神様の無条件の愛に照らされることによって、信仰によって義と認められ口で告白して救われたのです。その神様の恵みは霊的成長も経済的に恵まれるのです。それはただ、神様に愛され、活かされていることをいつも喜ぶことになるのです。
第三は、神の御顔が向けられることによって、平安が与えられることです。私たちには色々な恐れや不安、憤りや悲しみがつきまとっています。どのように導いたら、その状態から平安になるでしょうか。ここには、神様の御顔が向けられていることで平安が与えられるのです。具体的には、デボーションのシェアが一番いいと思っています。神様が私に向けて語られる聖書の御言葉によって、平安を得るのです。それを通してすべてのことを感謝していくことができるようになるのです。
私たちがいつも善を行うように務めることは、「彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。」と言われるように、神様の名、私たちはイエスキリストのお名前で祈ることで、多くの人たちが祝福されるのです。
シェアリング・チャーチを建て上げるためにも、神様の働きが円滑になるように祈り、礼拝し、日々のデボーションを大切にしていきたいです。それによって、神様の守り、恵み、平安を得ていく信仰生活を送ることができると確信しています。
ですから、私たちはイエス様の御名によって身近な人たち、そして日本と世界の祝福のために祈りましょう。神様が祝福してくださり、守り、恵み、平安を与えてくださるからです。
Prayer
天の父なる神様、今日も民数記から神様の命じられたことを行うことの大切さと、あなたの名によって祈ることの大切さを教えていただき感謝します。私たちの恐れや不安、憤りや悲しみが平安へと変えられ、あなたの守りと恵みの中に生きることができるように助けて下さい。このデボーションを読んだ皆さんの上にも祝福が豊かにありますように祈ります。シェアリング・チャーチをはじめていくためにも必要なみことばを与えてください。私の罪のために十字架にかかって死んで下さり、三日目によみがえって下さったイエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
RINACO
アーメン!!
honmoku
いつもありがとうございます。祈っています。