主暦2026年2月18日(水)5786年 Adar 1
聖書箇所
Scripture:
使徒の働き 25章17~21節(2017新改訳聖書)
それで、訴える者たちがともにこちらに来たので、私は時を移さず、その翌日に裁判の席に着いて、その男を出廷させました。
告発者たちは立ち上がりましたが、彼について私が予測していたような犯罪についての告発理由は、何一つ申し立てませんでした。
ただ、彼と言い争っている点は、彼ら自身の宗教に関すること、また死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているのです。
このような問題をどう取り調べたらよいか、私には見当がつかないので、彼に『エルサレムに行き、そこでこの件について裁判を受けたいか』と尋ねました。
するとパウロは、皇帝の判決を受けるまで保護してほしいと訴えたので、彼をカエサルのもとに送る時まで保護しておくように命じました。」
Observation:
今日は、ローマ総督フェストの報告が記された内容になります。政治的な裁判に向かう内容になります。しかし、彼が戸惑っている理由は興味深いです。それは、告発が政治的反乱や犯罪ではなく、「死んでしまったイエスが生きている」という主張に関わるものだからです。ローマ法の枠組みでは扱いきれない問題なのです。
フェストの言葉は、無意識のうちに福音の核心を語っています。「死んでしまったイエスが生きているとパウロは主張している。」キリスト教信仰は、倫理論や宗教的慣習の議論ではなく、復活という出来事があったのか、無かったのかということが重要です。
また、パウロが皇帝への上訴を選んだことも神様の導きでしょう。彼は迫害から逃れるためだけでなく、ローマに福音を届けるために、この状況を神の導きとして受け止めているのです。裁判は足止めではなく、証しの場として用いられるのです。神様は、敵対的に見える環境さえも、福音を前進させる道として用いられる方であることを知り、恐れることなく福音を語っていきましょう。
Application:
法廷になっても神様の証の場となることを覚える時に、恐れることは何もなく、神様の働きが前進することを喜ぶのです。今日も恐れずに神様の愛を語り続けていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
イエス様が生きておられることに感謝します。私は、ときに人を恐れてしまい、福音の素晴らしさを見失いがちです。
どうか、復活の主が生きておられるという確信を私の心に新しくして聖霊によって満たしてください。
どのような場にあっても、それを証しの機会へと変えるあなたの導きを信じます。今日も、生きておられる主と共に歩ませてください。
我が子よ。わたしはあなたの思いにわたしの計画を与えている。あなたはその計画に沿って、わたしの愛を語り続けなさい。わたしはあなたに最も大切なことを示している。わたしが命じたすべてのことを行うことだ。あなたはわたしによって選ばれたものであり、だからこそわたしはあなたを用いる。あなたの忍耐は強く、わたしの思いを語り続けることができる。恐れることなく、わたしの言葉を語りなさい。あなたは純粋にわたしの心を行いなさい。わたしはあなたと共にいて、わたしの愛を多くの人たちに示す。今日、わたしはあなたに新しい霊を与える。あなたはこれから起こることがどのようなものであってもこれからはわたしと共に歩みなさい。わたしはあなたを用いるからだ。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
