信仰の戦い
Scripture
ダニエル書 3章16~18節(2017新改訳)
シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは王に答えた。「ネブカドネツァル王よ、このことについて、私たちはお答えする必要はありません。
もし、そうなれば、私たちが仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、あなたの手からでも救い出します。
しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」
Observation
世の中で起きている戦いは何かというと、悪魔崇拝者たちと神を信じる人たちの戦いです。そして悪魔崇拝者たちが何をしているかを知っている信仰者は戦いをしています。しかし、悪魔崇拝者たちのことを理解できない、知らない人たちは戦うことはできません。その人たちを裁くことはしませんが、違うことを受け入れることはしていきます。
今日の箇所はよく読まれたり、好きな聖書箇所です。特に「しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」と語る姿に感動を覚えるのです。しかし、現実に自分の目の前にこのことが起きたとしたらどうするでしょうか。
ここが神様に対する信仰であることを知る必要があるのです。信仰は神様の確かさです。神様は助け出すことも出来ると信じ切ることです。なぜなら、神様には出来ないことがないからです。この石からアブラハムの子孫を生み出すことも出来るのです。
今の私たちであれば、天国が保証されています。永遠のいのち、罪の赦しが神様の確かさによって保証されているのです。
だからこそ、信仰の戦いをすることが出来るのです。
そのためにも、神様の働きを見続ける必要があるのです。
Application
「たとえそうでなくても」という準備が出来ているだろうか。恐れが強く人になびかないだろうか。自分の信仰をハッキリとさせて、神様を選ぶ生き方をしていこう。
そのためにも
1)SOAPデボーションを通して、神様の確かさを確認し、神様のわざを見つめていこう。
2)聖霊の助けの中で、信仰の決断をすることが出来るようにしていこう。
3)シェアリング・チャーチの働きを通して、SOAPデボーションが全国各地で行われていきますように祈って、実行していこう。
Prayer
天の父なる神様、あなたのお名前を賛美します。
今日も「たとえそうでなくても」と語ることができるように、私の信仰を聖霊の助けの中で強め導いて下さい。いつもあなたに愛されていることを確信し、あなたに従っていくことが出来るように導いて下さい。
あなたの愛に感謝して、私たちの救い主イエスキリストの御名でお祈りします。
アーメン!
そうなれば、私たちが仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、あなたの手からでも救い出します。
凄い信頼だと思いました。
私も、この信頼をもって神様を崇めしたがって行きます。
たとえそうでなくても‥
神様のお考えにしたがって行くと何処までも神様の愛を感じて信仰をもって生きれる自分になります。
愛する天のお父様。あなたのお名前を讃美いたします。
私の罪を赦してください。どんな状況にあってもあなたを信頼出来る私にしてください。
もっともっと豊かに、健康も経済も心も、大きく実らせることが出来るようにしてください。
多くの人に祝福がありますように。
イエス様のお名前でお祈りします。アーメン。
祝福を祈っています。
アーメン。
そのようになるように祈っています。
アーメン
なぜなら、小羊は主の主、王の王であり、彼に従う者たちは、えり抜きの忠実な者だからです。
今日もびっくりすることがありました。ありえないことです。
もう気狂いと言いようがないことがおこりました。
まさしく何千年の偶像礼拝のような王のようなことに 神のエネルギーで守ってもらうためにエネルギーの高い教会
それもペンジュラムできめたと
プロテスタントと、カトリックの違いもしらなくて、すべてはペンジュラム
まさしく 悪魔悪霊の仕業です。
愛する天のお父様 主よあなたを褒め讃えます。
信じられないことが、悪魔崇拝者たちが人を巻き込めようとしています。
主は主の主 王の王です。
どうぞ 全ては神のみての中にあります。
イエス様の血潮によって彼らの目が開かれますように。導きが必要です。
悪魔の霊から引き離してください。
イエス様のお名前によってお祈りさせて
頂きます。アーメン
おはようございます。
え、ペンジュラムで作った教会ですか?
悪魔崇拝ですね。
祈らなければなりませんね。
断ちきりですね。
祈っています。