主暦2026年2月24日(火)5786年 Adar 7
聖書箇所
Scripture:
民数記 16章28~32節(2017新改訳聖書)
モーセは言った。「私を遣わして、これらのわざを行わせたのは主であり、私自身の考えからではないことが、次のことによってあなたがたに分かる。
もしこの者たちが、すべての人が死ぬように死に、すべての人の定めにあうなら、私を遣わしたのは主ではない。
しかし、もし主がこれまでにないことを行われるなら、すなわち、地がその口を開けて、彼らと彼らに属する者たちをことごとく吞み込み、彼らが生きたままよみに下るなら、あなたがたはこれらの者たちが主を侮ったことを知らなければならない。」
モーセがこれらのことばをみな言い終えるやいなや、彼らの足もとの地面が割れた。
地は口を開けて、彼らとその家族、またコラに属するすべての者と、すべての所有物を吞み込んだ。
Observation:
今日はコラの反逆の頂点に達した情景が表されています。表面的には、リーダーシップ争いのように見えるのですが、モーセは、問題の核心が「自分への反抗」ではなく、「主を侮ること」にあると明言するのです。召しの源が神であるなら、それを人間の思惑や野心と同列に扱うことは、神様ご自身への挑戦なのです。
モーセの言葉は、自分を守るための弁明ではありません。「私自身の考えからではない」とモーセは語るのです。これは、真の霊的リーダーシップの姿です。彼は自分の権威を主張せず、主が正しいかの判断をしてくださるように委ねるのです。その結果、地が割れるという劇的な裁きが起こるのです。
この出来事は衝撃的であるが、ここには一つの厳粛な真理が隠されているのです。それは、神様の聖さと召しは、軽く扱われるものではなく臨在の中で行われるのです。恐れと不満から神様の秩序を疑い始めた結果、秩序を崩そうとした者たちが、地そのものに呑み込まれるのです。神様の臨在の中心から離れることは、命の土台を失ってしまうことなのです。だからこそ私たちは主なる神様を第一にして歩んでいきましょ。
Application:
教会の中で同じように不平不満をいう人たちがいます。牧師をやめさせようとします。この記事と同じことが、世界中の教会で起きています。だからこそ、私たちは気をつけなければなりません。次の人たちに委ねることや、モーセの側に立ち続ける信仰を持つことが必要なのです。今日も自分の信仰が強くなるように求めます。そして何よりも神様の愛を語り続けていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたの聖さと召しを軽んじることがないよう、私の心を守ってください。私は、比較や不満から、あなたの秩序を疑ってしまいます。
どうか、へりくだった心を与え、あなたが立てられたものを尊ぶ姿勢を持たせてください。自分を守ろうとするのではなく、あなたに委ねる信仰を与えてください。あなたの御前に、正しく立つことができますように。
愛する子よ。わたしの教会を建てあげるものよ。わたしの愛を語りなさい。わたしの義を語りなさい。わたしの聖さを語りなさい。あなたの口から出る言葉は、わたしの言葉であり、人々はその言葉を聞く。あなたたちは孤独ではなく、わたしがあなたの避けどころであり、わたしのことばを語り続けなさい。わたしはあなたと共にいる。恐れることなく、わたしと共に歩みなさい。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
