主暦2026年2月19日(木)5786年 Adar 2
聖書箇所
Scripture:
民数記 6章23~27節(2017新改訳聖書)
「アロンとその子らに告げよ。『あなたがたはイスラエルの子らに言って、彼らをこのように祝福しなさい。
主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
アロンとその子らが、わたしの名をイスラエルの子らの上に置くなら、わたしが彼らを祝福する。」
Observation:
今日は祝福の祈りとして用いられています。この祝福の主体は一貫して「主」であり、私たちの努力や功績は一切前提にされていないのです。祝福は、神様が民に向けて御顔を向け、関係を結び続けることから始まるのです。
この祝福は、段階的に深まっているように思います。まず「祝福し、守る」ことによって生活の土台が守られることです。次に「御顔を照らし、恵む」ことで一方的な神様の恵みとしての関係です。最後に「御顔を向け、平安を与える」ことで、存在そのものが安らぎに包まれるのです。ここで語られる平安は、神様が御顔を向けておられるという信仰によって平安が与えられるのです。
特に重要なのは、「わたしの名を民の上に置く」という表現です。祝福は単なる良い言葉ではなく、神の御名が神ご自身の臨在となることです。私たちがどのような状況にあっても「主の名が置かれている者」として生きることができるのです。この祝福があるからこそ、私たちは強く、どのような環境においても歩み続けることができるのです。
Application:
主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。
との祝福の祈りは、愛が守る、恵みに生きる、平安に過ごすことと結びつくと考えています。
私の働きは愛のリーダーを育てることですから、その歩みの中で守る、恵みを与える、平安を与えるという神の愛の素晴らしさを伝えることです。今の愛については守るという部分だけを考えていましたが、恵みと平安についても考えてみます。
そして、神様の祝福を多くの人たちに分け与えることができるように祝福していきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが私に御顔を向け、祝福と平安を与えてくださる方であることを感謝します。私は、ときに不安や忙しさの中で、あなたから背くことがあります。本当にごめんなさい。どうか今日、あなたの御顔の光の中に立ち返らせてください。あなたの御名が私の上に置かれていることを信じ、守られ、恵まれ、平安のうちに歩むことができますように導いてください。また、出会う人々に祝福を語り、分かち合う者としてください。
愛する子よ。わたしの赦しを受け取った者よ。あなたは人を恐れず、人の顔を伺うことなく、わたしの言葉をハッキリと語りなさい。あなたはそのために賜物が与えられている。その賜物を用いて、ハッキリと語りなさい。あなたの恐れは癒やされ、あなたの恐れが勇気となり、あなたの自責がわたしによって解放されていることに気づきなさい。わたしを見なさい。わたしの顔を見なさい。むしろ、わたしを恐れなさい。あなたが語らないことに、証しをしないことに恐れなさい。わたしはいつもあなたと共にいる。あなたがわたしを信じた時と同じようにわたしはあなたと共にいる。恐れるな、わたしはあなたと共にいる。大胆にわたしのことを語りなさい。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
