主暦2026年1月27日(火)5786年 Shevant 9
聖書箇所
Scripture:
出エジプト記 17章5~7節(2017新改訳聖書)
主はモーセに言われた。「民の前を通り、イスラエルの長老たちを何人か連れて、あなたがナイル川を打ったあの杖を手に取り、そして行け。
さあ、わたしはそこ、ホレブの岩の上で、あなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。岩から水が出て、民はそれを飲む。」モーセはイスラエルの長老たちの目の前で、そのとおりに行った。
それで、彼はその場所をマサ、またメリバと名づけた。それは、イスラエルの子らが争ったからであり、また彼らが「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と言って、主を試みたからである。
Observation:
今日は荒野の旅の中で、民の不満は、単なる水不足を超え、「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」という信仰の根本的な疑問となるのです。問題は水ではなく、神様の臨在を信じているかです。主は、民のつぶやきに対して怒りを爆発させるのではなく、具体的な行動をモーセに命じられます。「民の前を通れ」「長老たちを連れて行け」という指示は、神の御業が隠れた奇跡ではなく、公に証しされるのです。そして最も重要なのは、「わたしはそこ、あなたの前に立つ」という宣言でなのです。水が出る前に、神はすでにそこに立っておられることが重要なのです。
岩から水が出たこと自体は奇跡であるが、この箇所の核心は、民の疑いのただ中に神様が立っておられたという事実なのです。マサ(試み)とメリバ(争い)という名は、人の側の不信仰を記念するものであったが、その場所は同時に、神様が応答された場所なのです。疑いの場が、恵みの場に変えられていることを知りましょう。
私たちの不満を言う時こそ、神の恵みの場であることを覚えて信仰を持って歩んでいきましょう。
Application:
まさにとって、マサ(試み)とメリバ(争い)ということが心に残りました。いつも神様の愛に満たされているときも素晴らしいですが、不満を口にするような時にこそ、神様は共にいてくださっていること、どのように解決するかを示されているのです。私にとっても同じことが言われているのです。それが愛のリーダーを育てることです。ずっと語られているので、神様の恵みのわざとして育てていきます。
祈りましょう(Prayer):
天の父なる神様、尊い御名を賛美いたします。
あなたが疑いのただ中にも、すでにそこに立っておられる方であることを感謝します。どうか、「主はここにおられる」という心を与えてください。岩から水を出されたあなたが、今日も私の必要をご存じであることに感謝します。Sharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!

また彼らが「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と言って、主を試みたからである。
わかります。この気持ち。でも結局 自分自身なんですよね。人間の世界なんで
色々な人がいるから。それさえ
理解できていたらいいのかと思う。
その人をどうのこうのする役目は
私の役目では ないので。
モーセはモーセの役割。ヨセフはヨセフの役割 モーセは自分の役割をご存知で
お兄さんに任せる事は任せた。
しかし 原点主を忘れてしまった。
愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。気づきをありがとうございます。
家族をお守りありがとうございます。
桜に言葉を与えてください。
私と関わる方が神さまを祝福する事ができますように。
主がいつも 一緒にいてくれてる事感謝です。いつも見守り導き チカラを与えてください。
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。
歴代誌上4:10(新改訳
イエス様のお名前によって 感謝して
お祈りさせて頂きます。アーメン
神様を信じる人が多く起こされますように祈っています。