主暦2026年4月13日(月)5786年 Nisan 26
聖書箇所
Scripture:
サムエル記 第一 14章24~27節(2017新改訳聖書)
さて、その日、イスラエル人はひどく苦しんでいた。サウルは、「夕方、私が敵に復讐するまで、食物を食べる者はのろわれよ」と言って、兵たちに誓わせていた。それで兵たちはだれも食物を口にしていなかったのであった。
この地はどこでも、森に入って行くと、地面に蜜があった。
兵たちが森に入ると、なんと、蜜が滴っていたが、だれも手に付けて口に入れる者はいなかった。兵たちは誓いを恐れていたのである。
しかし、ヨナタンは、父が兵たちに誓わせたことを聞いていなかった。彼は手にあった杖の先を伸ばして、蜜蜂の巣に浸し、それを手に付けて口に入れた。すると彼の目が輝いた。
Observation:
サウルは戦いの最中に、「敵に復讐するまで食べてはならない」という誓いを兵たちに強制しました。この命令は、一見すると士気を高めるための決断のように見えましたが、結果的には兵たちを極度の疲労状態に追い込み、苦しませることになりました。
一方で、神はその地に「蜜」を備えておられました。蜜はエネルギーを回復させ、神の恵みやいのちを与える象徴でした。しかし兵たちは、サウルの命令を恐れて、その恵みを受け取ることができなかったのです。
ここに大きな対比が生まれるのです。サウルのリーダーシップは「重荷を課す」ものであり、ボス型という行動です。それは、人を弱らせせ、考えることをやめさせることです。一方、神の備えは「いのちを与える」ものであり、人を回復させるのです。
ヨナタンはその命令を知らなかったため、自然に神の備えを受け取り、その結果「目が輝いた」のです。これは単なる身体的回復だけでなく、霊的な目が開かれることでもあります。
この箇所は、人の作るルールや支配が、神の恵みを妨げてしまうことがあること、そして本来の神の導きは、人を生かし、力づけるものであることを教えているのです。
Application:
今日はボス型の末路を見ることができました。神様は恵みに溢れておられます。その恵みを受け取ることが大切ですが、人として自分の価値観で排除してしまいます。もう一度、神様の恵みの素晴らしさに生きて歩んでいきます。
祈りましょう(Prayer):
アバ父よ、今日もあなたの御名を賛美します。あなたの恵みに感謝します。ただ受け取ることができるように、心が素直になり、あなたの前に歩むことができるように助けてください。
今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!
