信仰生活
Scripture
使徒の働き 19章3~7節(新改訳2017)
「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。その人たちは、全員で十二人ほどであった。
Observation
私たちは自分の罪とどのように向き合うのでしょうか。罪がないと言い切れるのでしょうか。罪とは神様を否定すること、排除することです。エゴと聞くと、自分はそこまでではないと思いたいのです。しかし、エゴこそ神様を自分から排除している表現なのです。
そして、神様を認めないからこそ、自分の人生の方向性がわからず、快楽や厳格な自分を義としようと歩み出すのです。そこに、犯罪などが生まれてくるのです。だからこそ、私たちは見えている現象を批判するのではなく、神様に悔い改めていないことが問題なのです。神様は私たちを救うためにイエス様を私の身代わりとして十字架にかけて、贖いの死を遂げられたのです。だからこそ、私たちはバプテスマを受けて悔い改める必要があるのです。
その時に、聖霊が臨むのです。そして賜物として異言や預言をするのです。
バプテスマを受けたときに、感動的なことばかりではありません。何もなかったかのような場合もあります。理由は、聖霊の賜物は色々とある事と、私たちは聖書を通して、神様のみ声を聞くことが出来るからです。
そして本当に大切なことは、イエス様の恵みによって神様に立ち帰ることであり、それが悔い改めてバプテスマを受けることなのです。
Application
十字架の愛を通して、多くの人たちが悔い改めることができるように、語りかけていこう。
Prayer
天の父なる神様、あなたのお名前を賛美します。
今日もあなたの愛に感謝します。その愛に応えて悔い改めることができるように助けて下さい。今日の礼拝を祝福し、私たちの歩みをお守り下さい。
今日もあなたの十字架の愛に感謝して、救い主イエスキリストの御名でお祈りします。アーメン
佐藤裕子
イエスの名によってバプテスマを受けた。パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした
私もイエス様の名によってバプテスマを受けました。そこへたどり着く道のりを不思議な事のように普通に話してる私がいます。昔、創価学会だと人に言うことが苦痛で、嫌で、なかなか言い出せなかった私が‥です。
異言や預言ができるようになったわけではないですが、洗礼を受けたことやイエス様にたどり着いたこと、聖書を学んでいる事を人に言いたくてたまらない私がいるのです。こんな風になってちょっとホッとしています。昔みたいにひた隠しに生きて行くのはイヤだったからです。コレは私にとって素晴らしい神様からのプレゼントだと思いました。私が喜びを得た事を皆んなにシェアして行くことしか出来ませんが、それが出来るという事を最大の喜びとして行きます。愛する天のお父様。主よ。あなたを褒め讃えます。
私の罪の救い主と信じます。
あなたの素晴らしさを語っていける私にしてくださってありがとうございます。どんな事があろうと恐れず声をあげてあなたの愛をうけてる喜びを伝えて行けるように私に力を与えてください。そうしてくださったと確信してイエス様のお名前でお祈りします。アーメン。
honmoku
洗礼を受けたことやイエス様にたどり着いたこと、聖書を学んでいる事を人に言いたくてたまらない私がいるのです。こんな風になってちょっとホッとしています。
これ自体が聖霊を受けている証です。
多くの人たちに証が出来るように、祈っています。
小間物谷直子
聖霊のバプテスマを受けた時の感覚がしっかりと 残っており不思議ですよね。
祈ってても 勝手に異言がでてきますが
意味の解き明かしができたらなあと
思いました。
そう言えば 宇宙語も聞きましたが。
あー聖霊によって 行動したい。
愛する天のお父様 主よ貴方を褒めたたえます。
悔い改め 祈ります。
もっと神様や聖書など 沢山深く
知ることができますように
そして 行動をおこすことができますように
導いてください。守ってください。
勇気を与えてください。
イエス様のお名前によって お祈りさせて
頂きます。 アーメン
honmoku
聖霊の働きと賜物は一つとなります。
賜物を使って、証をしていきましょう。